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赤鼻のトナカイ ~ルドルフの秘密~

 
 さて、ムーアが1823年に書いた『聖ニコラスの訪問』の中には出てこないルドルフという、このトナカイはどうして生まれてきたのでしょうか。

 ムーアの執筆から、時代は一気に100年後に移動します。

 1930年頃、アメリカのシカゴにロバート・メイ(Robert May)という人がいました。 Robert の愛称を Bob ともいいますので、文献によってはボブ・メイという名前で紹介されている場合もありますが同一人物です。

 ロバートはシカゴにあるモンゴメリー・ウォード (Montgomery Ward:文献によってはモントゴメリー・ワードともいいます)という 通信販売会社で宣伝原稿を書く仕事をしていました。
 ちょうどウォール街で株価が大暴落をし、世界中が恐慌にあえいでいた頃であり、ロバートの暮らしは貧しく、安い給料で毎日遅くまで働かなければなりませんでした。

 そんな彼でしたが、2つの宝物がありました。それは、若い妻のエヴリン (Evelyn) と生まれたばかりの娘、バーバラ (Babara) でした。
 この二人のために、一生懸命ロバートは働いていたといってもいいかもしれません。

 そんな貧しい中にも幸せを感じる日々を送っていたある日、バーバラが2歳になった時のことです。愛する妻のエヴリンが寝込むようになりました。
 とても悲しいことに、エヴリンは癌に冒されていました。ロバートは妻の治療費を得るために八方手を尽くしました。しかし、得られた金額は僅かなもので、少しあった蓄えも妻の治療費で消えていきました。
 ロバートの想いも空しく、エヴリンの容体は日増しに悪くなり、とうとうベットから起きることも出来なくなりました。

 そんなある12月の夜のことです。
 4歳になっていた娘のバーバラが、ふとロバートに尋ねました。

「ねえ、パパ。
私のママは、どうしてみんなのママと同じじゃないの?」



 バーバラは子供らしい無邪気な好奇心で、寝たきりの母親のことを尋ねたのでした。毎日の暮らしも、もうギリギリの状態であり、何と娘に答えてよいか分からないまま、ロバートは思わずバーバラを抱きしめました。

 せめて、この子を幸福な気持ちにしてやらなければ・・・。
 何かを言ってやらなきゃ。
 幸せな気持ちになれるような何かを。
 けれど何を?
 どんなことがある?
 いったい何を言えばいい?

 ロバートは娘の小さな体を抱きしめたまま考えました。


 そして思いだしたのは、自分が幼かった頃のことです。
 ロバートは、身体が弱く小柄な少年でした。小さな子供の時というのは、残酷なことを無邪気にしてみることがあります。彼のクラスメイトは、彼が痩せているのをはやしたて、彼を泣かせて喜んでいました。
 そのクラスメイトたちは、ほとんどが大学へ進みましたが、貧しかった彼は進学することが出来ませんでした。
 今、彼は安い給料で毎日精一杯働き、それでも借金にまみれて、もう33歳になっていたのです。

 ロバートは呼吸を整え、顔を上げました。
 そして自分の中からありとあらゆる想像力と勇気を集めました。
 それから、娘に向かってゆっくりと話しはじめたのでした・・・


「いいかい、むかしむかしのことだよ。
ルドルフ、っていう名前のトナカイがいたんだ。ルドルフは、世界にただ一頭しかいない不思議なトナカイだったんだ。どうしてかというと、それはね。
ルドルフ
は、なんとでっかい、真っ赤なお鼻をしていたからなんだ。だからね、あだ名はもちろん『赤鼻のルドルフ』だったんだよ。」

 たとえほかの人や動物と違っていても、神様に創られた生き物なのだから、いつかきっと奇蹟が起こり、幸せになることが出来る。ロバートはそれを幼い娘に伝えるつもりでした。

 娘のために、
 病と闘っている妻のために、
 そして、自分自身のために・・・

「でもね、ルドルフは幸せだったと思うかい?ルドルフはね、そのお鼻のことでいつもとっても悩んでいたんだよ。
だって、みんなは自分を見て大笑いするし、そればかりか、お父さんやお母さん、それに妹たちにまで馬鹿にされてたんだもの。

ルドルフ
は、いつも悲しくて悲しくて仕方がなかったんだよ。」

 バーバラには、ロバートの本当の気持ちなどは分かるはずもありませんでした。けれ ども

バーバラは、父のお話を瞬きもしないで静かに聞いていました。


「ところがね」と、ロバートは声を明るくして続けました。

「ある、クリスマスイヴのことなんだけど。
サンタさんがソリを引くトナカイのチームを迎えに来たんだ。
知ってるだろう?

ダッシャー
ダンサープランサーヴィクセンドンダー・・・。
クリスマスの夜に世界中を駆け巡る、有名なトナカイたちだよね。
チームに入っていない他のトナカイのみんなも全員集まって、この素晴らしいメンバーに惜しみない歓声をあげてお祝いをしたんだ。
ところが、いざ出発という時になって、突然霧が広がり始めたんだ・・・。

それは、とてもとても深い霧で、目の前さえ見ることが出来ないほどの初めて見るような濃い霧だったんだよ。

サンタさんは、とても困ってしまった。
どうしてかっていうと、霧が深いとエントツを探すことが出来ないって分かっていたからなんだ。

その時ふと、突然!

サンタさんの頭にルドルフのことが浮かんだんだ。
サンタさんは実はね、ルドルフのことをよ~く知っていたのさ。
そう。その真っ赤なお鼻のこともね。
サンタさんがあたりを見回わすと、見送りの群の後ろの方にルドルフがいるのが目に入った。
そして、その時の
ルドルフのお鼻はね・・・。

なんと、いつも以上にきらきらと輝いていたんだ!
サンタさんはすぐさま決心した。黙ってルドルフに近づくと、ソリのところへ連れて行き、一番先頭にルドルフを立たせたんだ。
ルドルフサンタさんが何をしようとしているのかが分かって、もう夢を見ているような気持ちだった。そのルドルフの耳にサンタさんの力強い声が聞こえてきたんだ。『さあ行こう、仲間たち!!世界の空へ!!子供たちの夢へ!!』

トカナイたちはいっせいに身を躍らせた。


ルドルフ
のお鼻がひときわ明るく輝きだした。
そしてそれはもうまばゆい光になっていたんだ。


9頭のトナカイはソリの鈴の音と共に空へ駆け上がっていった。
霧の中に
ルドルフのお鼻の輝きが、すうーっと線を描いて消えていったんだ。

後に残ったトナカイたちは、ず~っとそれを見送っていた。みんな恥ずかしいような、苦しいような、それでいてとてつもなく嬉しいような、いろんなものが混じった不思議な気持ちに包まれていたんだ。

その夜、

ルドルフサンタさんのソリを立派に先導したのさ。
霧も、雪も、吹雪も、
ルドルフがついていたから平気だった。どんな家も、どんなエントツも、見逃すことはなかった。だってそのお鼻はまるで灯台のように輝いていたんだからね。

そうしてこの時から、

ルドルフはもっとも有名な、みんなに愛されるトナカイになったんだ。ずっと昔、恥ずかしくて隠したくてたまらなかった真っ赤な大きなお鼻は、今ではみんなから一番羨ましがられるものになったんだ!!」


 父の話を聞き終えて、バーバラは輝くような笑みを浮かべました。けれど、それからが大変でした。小さなバーバラは、毎晩ロバートにそのお話をねだり始めたのです。
 
ロバートは娘を寝かしつけながら、ほとんど毎晩のようにそのお話をしていました。時には半分寝込みながら話すこともあるほどでした。

 やがて、

ロバートに素晴らしい考えが浮かびました。
 お話を本にして、クリスマスに娘にプレゼントしてやろう、というものです。貧しい暮らしでは満足なプレゼントは買ってあげられません。
 だけど、手製の本となると事情は違います。紙とペンがあればどんな本だって作れるんですから・・・。
ロバートは毎晩、娘が眠ってから、遅くまで「ルドルフ」のお話を詩にし、綺麗な本に仕上げる作業に没頭しました。
 それはあたかも、
ムーア『聖ニコラスの訪問』を書いた時のようだったのかもしれません。