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米欧で「反中」高まる 対中投資縮小は習氏の政権基盤揺さぶる

  • ️日経ビジネス電子版
  • ️Mon May 23 2022
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世界展望~プロの目

米欧で「反中」高まる 対中投資縮小は習氏の政権基盤揺さぶる

ロックダウン中の上海。住民が消毒を受けている(写真:ロイター/アフロ)

ロックダウン中の上海。住民が消毒を受けている(写真:ロイター/アフロ)

 米欧で反中感情が高まっている。ウクライナ紛争が長引く中、ロシアと中国を一体視する傾向が強まっているからだ。新型コロナウイルスを徹底して抑え込むゼロコロナ政策も不人気。中国でビジネスをする欧州企業の中で、撤退を検討する企業が増えている。米欧企業の従業員レベルでは、中国を離れる動きが既に始まっている。こうした動向は中国向けの投資の縮小を招き、習近平(シー・ジンピン)政権の安定基盤を根底から揺るがす可能性がある。

(聞き手:森 永輔)

瀬口清之キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(以下、瀬口):今回は米欧で反中感情が高まっていることについてお話しします。これが中国経済の中長期的な成長力を弱める可能性があります。

 ウクライナ紛争が長引き、ロシアを批判する声が世界中で高まっています。この中で、ロシアと近い関係を続ける中国をロシアと一体視する傾向が強くなり、中国に対する見方も厳しさを増しているのです。

瀬口 清之(せぐち・きよゆき)

瀬口 清之(せぐち・きよゆき)

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 1982年東京大学経済学部を卒業した後、日本銀行に入行。政策委員会室企画役、米国ランド研究所への派遣を経て、2006年北京事務所長に。2008年に国際局企画役に就任。2009年から現職。(写真:加藤 康、以下同)

 中国はロシアに対する軍事的支援や経済的支援を控えており、その行動においては中立を保っていますが、その言動では、対ロシア制裁を強める米国の姿勢を「冷戦思考」と厳しく批判し続けています。いわゆる戦狼(せんろう)外交です。中国のこの姿勢に反発する意見が米国で勢いを得ています。米ピューリサーチが3月下旬に実施した調査によると、中国を「好ましいと思わない(unfavorable)」との回答が82%に達しました。これは、中国のワクチン外交に対する批判が高まった20年3月ごろに記録した79%を上回り、過去最高となりました。

対中投資を縮小させる「感情」と「政策」

 こうした反中感情の高まりは、米国が進める政策にも影響を与えます。米下院が2月4日、米国イノベーション・競争法案を可決しました。半導体の研究開発、製造、試験に520億ドル(約6兆6000億円)の財政支援をするものです。公衆衛生や情報通信技術、エネルギー、食糧といった重要物資のサプライチェーン強化にも450億ドル(約5兆8000億円)を充てます。同様の法案を上院が21年6月に可決しており、議会は両法案の擦り合わせを急ピッチで進めています。この法律が成立すれば、これまで中国に向かっていた投資が米国内に向きを変えることになるかもしれません。

 この傾向は秋に予定される米中間選挙にも影響すると考えられます。候補を決める予備選挙が始まっています。共和党もしくは共和党候補の一部が「台湾独立支持」を打ち出す可能性があります。マイク・ポンペオ前国務長官が、台湾独立支持の発言をしたことを前回取り上げました。これに倣う動きが同党内で広がりつつあるからです。

 米国におけるこうした見方や動きが、ウクライナ紛争が続きロシア批判を強める欧州にも広がっています。

上海封鎖で経済活動が停止

中国政府が続ける「ゼロコロナ政策」が注目されています。

瀬口:今後の中国経済の足を引っ張る要因でもう1つ見落とすことができないのが、上海における新型コロナウイルス感染症の広がりです。当初は数日ですむと見込まれていた都市封鎖(ロックダウン)が50日を超えました。その経済的影響は上海にとどまらず、他の都市にも広がっています。

 経済指標にもこの影響が顕著に表れました。4月の消費は前年同月比11.1%減。1~4月の不動産投資は前年同期比2.7%減でした。1~4月の固定資産投資全体も6.8%増とプラスではありましたが、1~3月の9.3%の伸び率に比べるとかなり低下しました。

 消費と投資だけでなく、輸出と輸入、生産と物流にも負の影響が及んでいます。4月単月の輸出は前年同月比1.9%増と1~3月の前年同期比13.4%増に比べて伸び率が大幅に縮小。同じく4月の工業生産額は2.9%減と、これも1~3月の6.5%増から大きく低下しました。稼働を停止する工場が増えています。3月末以降の物流遮断で部品供給が止まり、4月半ば以降は工場内にストックされていた各種部品も底をついたからです。5月は落ち込み幅がさらに拡大することが見込まれます。

 中国の22年1~3月のGDP(国内総生産)は前年同期比4.8%増でした。4~6月期はこれを下回る見込みです。上海のコロナ感染状況が5月末でほぼ終息し、6月から経済活動が再開できれば、通年では4%台に乗せることが辛うじてできるでしょう。しかし、上海の回復が遅れれば、それも難しくなるとみられています。

 中国政府は22年の成長目標を「5.5%前後」としています。この目標はおろか5%増も達成が難しいというのが中国経済ウオッチャーの間で大勢となりつつあります。

 上海の感染状況は改善に向かっています。最悪期には1日の新規感染者数が約2万5000人に達していました。これが4月末には1万人弱に、5月16日からの週には1000人未満に減少しています。5月20日時点では868人(うち無症状784人)でした。ただし、首都・北京の新規感染者数は若干の増加傾向にあります。5月11日は46人、同15日は54人、同20日は70人(うち無症状12人)。不思議なのは、無症状の感染者の方が有症状の感染者より少ないことです。普通は無症状感染者の方が多いですし、現に上海ではそうなっています。もしかする統計の取り方に違いがあるのかもしれません。

中国撤退検討、欧州企業に広がる

上海でビジネスをする企業の動きに変化はみられますか。

瀬口:EU(欧州連合)の在中国商工会議所のジョルグ・ブトゥケ会頭は5月5日、会員企業の多くが上海政府のコロナ対策に大きな不満を抱いていると明らかにしました。上海市政府は当初、「withコロナ」を視野に入れた政策を取っていました。しかし、これを懸念した中央政府が4月初めに介入。その後、上海市政府は統一的な対応が取れなくなり、混乱を招きました。

 例えば、同市は町内会単位で全員にPCR検査を実施しています。このとき、「地区内の住民全員が14日間陰性であれば全員が外出可」という町内会があれば、全員が陰性であっても「外出できるのは1世帯1人。しかも時間を限定」という町内会もある。加えて、日によって規制がコロコロ変わるという具合です。

 その結果、同会議所が会員企業を対象に4月に実施したアンケート調査(約370社が回答)によると23%が中国市場からの撤退を考えているといいます。その比率は2カ月前に比べて2倍以上に増えたと説明されました。

 実際に撤退を表明した欧州企業はまだありませんが、従業員レベルでは中国離れが既に始まっています。ロックダウンの影響を受けて外出ができない。それが高じて食料が調達できず餓死の危険を感じることもあったからです。子供の教育環境の確保も要因の1つです。空港のカウンターに長蛇の列ができている様子が報道されたと聞きました。

 代わりの要員を送り込もうにもゼロコロナ政策のため思うように進みません。このため人手不足に困る欧州企業が現れています。以上の状況は米国企業にもほぼ同様に当てはまります。

 こうした動向は米欧企業による対中投資を縮小させる恐れがあります。中国は今、「双循環」を経済政策運営の基本方針としています。まずは国内の需要拡大に重点を置き、経済を国内主導で循環させる。長期的には国外との連携も促進し、内外経済の相互補完による安定的な経済発展を実現する、というコンセプトです。この施策の国際面での柱が外国企業による対中投資促進。欧州企業による中国離れは、この改革を根底から揺るがす力になりかねません。

 国際競争力の強い世界トップランクのグローバル企業は今後も引き続き巨大な中国市場での事業拡大を目指す可能性が高いと考えられます。しかし、その次のランクの企業は足元の厳しい状況を理由に中国事業の縮小、あるいは撤退に向かう可能性が高いとみられる。今後、中国市場における外資企業の二極化がますます進んでいくはずです。

経済を減速させる4つの原因が加速

瀬口さんは以前から次のように指摘されています。

 中国経済は中長期的に4つの減速要因を抱えている。(1)少子高齢化(2)都市化のスローダウン(3)大型インフラ投資の減少(4)国有企業の業績悪化――。これらを克服すべく習近平政権は本格的な経済改革を断行する決意を固めた。

 けれども、その後、さまざまな出来事が起こり、改革に集中できずにいる。米国でトランプ政権が発足し、対中制裁関税を科すなど、経済戦争に着手。さらに、一度は収束させた新型コロナ禍が今、上海を混乱させている。加えて、ロシアがウクライナに侵攻。そのロシアと一体視されて、対内直接投資の縮小が懸念される事態に陥った。

瀬口:おっしゃる通りです。私は4つの減速要因が本格化するのは20年代の後半からとみていましたが、それより早まっているようです。

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