宇宙輸送の未来の扉をひらく ファンドが支える新たな基幹産業の推進 - 日経ビジネス電子版 Special
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世界各国の民間企業がロケット開発に注力するなか、日本でも次々と宇宙ベンチャーが誕生している。そのなかでも注目を集めるのが、宇宙往還を可能とする輸送システムの実現を目指し、再利用型ロケットの開発を手がける将来宇宙輸送システム株式会社だ。2022年設立の同社は立ち上げに際し、東京都がスタートアップの成長支援を目的として組成したベンチャーキャピタル(VC)から支援を受けている。今回は東京都のファンドを活用した中小企業支援事例として、同社代表取締役社長兼CEOの畑田氏に、設立時におけるVCが果たした役割と、これからの日本の宇宙産業をけん引する可能性に迫った。
信頼性の高い
ファンドからの投資が、
次の投資の呼び水に
将来宇宙輸送システム株式会社
代表取締役社長兼 CEO
畑田 康二郎 氏
― 日本の宇宙ビジネスにおいて注目を集める「宇宙輸送システム」とは。
現在、ロケットの機体は多くが海に落下し、一度きりで廃棄されていることが世界的にも大きな問題となっています。そこで注目されているのが、当社がJAXAのほか、様々な企業や学術機関と共同で研究や開発を進める「宇宙往還を可能とする輸送システム」です。これは、再利用型ロケットを開発することであり、宇宙アクセスの大幅なコスト削減につながると期待されています。
当社は、効率的な宇宙往還機の開発による宇宙へのアクセスを実現させることで、2040年代には10兆円規模に成長が見込まれる宇宙旅行や高速輸送市場の基盤構築を目指しています。誰もが宇宙にアクセスできる未来を創ることは、豊かな経済社会活動を営む上で必要不可欠であり、強い使命感を持って開発に取り組んでいるところです。
― 会社設立の際はファンドの支援を受けたとのこと。その経緯は。
私はかつて経済産業省に勤めていたのですが、内閣府に出向して宇宙産業を担当する機会がありました。その時に出会ったのが、インキュベイトファンド株式会社※1の代表パートナーである赤浦徹氏です。常に新しい産業を創出したいと考えている赤浦氏の思いに共感した私は、宇宙産業への投資についてご相談させていただきました。このご縁がきっかけとなり、私が今の事業を立ち上げる際にも同社が運営するベンチャーファンド(インキュベイトファンド5号投資事業有限責任組合※2)から投資を受ける運びとなりました。これにより事業計画段階から充分な資金投資を受けることができ、早期の開発と実験に着手したことで、事業は順調に進展しています。
※1創業初期の投資・育成に特化した独立系VC。コンセプトの段階から起業家とキャピタリストが一体となって事業を立ち上げて行く独自の支援スタイルを特徴とする。
※2東京都、民間事業者等が出資し、インキュベイトファンド株式会社が運営する、IT技術を活用したイノベーション創出に向け、リスクが高く資金調達が難しいスタートアップへの投資を目的としたファンド。
ファンドスキーム図
― 設立から2年半で80億円にも上る資金提供を受けている。短期間でここまでの額を調達できた理由とは。
インキュベイトファンド社から投資を受けたことが呼び水となりました。これにより次の投資を獲得し、さらには、文部科学省 中小企業イノベーション創出推進事業(SBIR フェーズ3)の獲得にもつながっています。補助金の申請においては、資金調達力が重要なポイントとなります。インキュベイトファンド社に加え、他の株主が参加していることが強みとなり、信頼性を高める要因となりました。さらに、同ファンドに東京都が参画していることも、信頼を得る大きな要因だったと感じています。
競争が激化する日本の
宇宙産業を勝ち抜くために
― 資金面以外で、ファンドから受けた支援とは。
設立の際に私たちが抱えていた課題の一つは、大きなビジョンを掲げながらもまだ実績のない当社がいかにして優秀な人材を獲得するか、ということでした。じつはインキュベイトファンド社には、HRサポートチームがあり、投資先の人材課題解決を支援しています。そこで立ち上げの際は、採用ストラテジーに関するアドバイスから人材の紹介にいたるまで幅広いサポートを受けました。そのおかげもあり、現在では100名を超えるすばらしい人材が当社のプロジェクトに携わってくれています。元日産自動車副社長で、現在当社の社外取締役である山口豪氏もその一人です。
なお、起業段階だけではなく、事業の成長段階に合わせて継続して的確なアドバイスをいただくことができています。実際、今もファンドの担当者とは月3回ほどオンラインで意見交換を続けているところです。立ち上げ期から当社のビジョンを深く理解してくださっているからこそ、一緒になって会社の進むべき方向を相談・検討できる、まさにスタートアップにとって理想的なパートナーであると感じています。
― 日本における宇宙産業の動向と、それに向けた戦略とは。
日本の宇宙産業は、現在100社を超えるスタートアップがしのぎを削る競争の場となっています。じつはこの盛り上がりを支える大きな要因の一つとしてあるのが、多くのファンドによる支援体制の強化です。ファンドが宇宙開発の将来性に注目し、積極的に資金を投入することで、業界全体の活力が増し、技術革新のスピードも加速しているといえるでしょう。
このような業界動向の中で、当社は着実に次世代の宇宙インフラの構築を進めているところです。長期計画においては、2028年を目標に、100kg級の小型人工衛星を搭載した「ASCA 1」の打ち上げを進めています。この事業モデルを発展させ、2030年までに再使用型ロケットを7機体制で運用し、年間100回の打ち上げを実現することで、1回あたりのコストを4億円程度まで引き下げる計画です。さらに、2032年には有人宇宙飛行を実現する「ASCA 2」、2040年代には単段式宇宙往還機(SSTO)となる「ASCA 3」の開発を目指しています。
宇宙を次の基幹産業にできれば、
約500万人以上の雇用が生まれる
― 新たな宇宙産業技術の開発の先に、目指す未来とは。
日本を宇宙の玄関口にすることです。海に囲まれた日本列島は、安全にロケットの打ち上げができる高いポテンシャルを持っており、スペースポートをつくるのにこれほど適した場所はありません。そして、世界中から多くの人が集まれば、そこに雇用が生まれます。現在、日本の宇宙産業従事者は約9,000人※3ほど。しかし、スペースポートが日本にできれば、ホテルやレストラン、土産物店などでも雇用が生まれ、自動車産業のように約558万人※4が働く規模の世界をつくることも夢ではありません。当社は宇宙を次の基幹産業にするための核になりたいと考えています。
※3出典:経済産業省「宇宙輸送システムと宇宙産業について」
※4出典:日本自動車工業会「基幹産業としての自動車製造業」
― スタートアップがファンドからの支援を受け、成長していくためには。
当社は設立から2年半ほどですが、「投資家との良い関係性をいかに構築するか」が、事業発展において極めて重要であることを強く実感しています。支援機関やVCとの積極的な対話は、単なる資金調達を超えた戦略的な価値をもたらします。株主は単なる出資者ではなく、会社の成長を共に目指す存在です。良好な関係を築くことで、事業を加速させる力強いパートナーシップが生まれる可能性が高まるでしょう。
また起業家にとって、多くのVCや投資家との対話を重ねることは、事業を支える重要な支援者を見つけるための鍵となります。そのプロセスを通じて、信頼関係を基盤とした協力体制を構築できれば、会社の成長軌道に大きな差が生まれることでしょう。これから新たな一歩を踏み出そうとする起業家の皆さんには、ぜひ投資家との連携が生み出す価値について大切に捉えていただきたいと思います。また、それを最大限に引き出すことが、ビジネスのさらなる成長を後押しする力になることを願っています。
宇宙がもっと身近になる未来を、皆さまと一緒に切り拓いて参ります
以下の事業を通じて支援を行っています
中小企業支援「DXスタートアップ成長支援ファンド」
将来のネクストユニコーンとなり得るスタートアップを創業から支援し、医療、教育、金融など、DX活用が進んでいない分野でのイノベーションの流れを後押ししていく制度。
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