「日本でのオピオイドクライシスを防ぐために」―製薬会社の立場から
- ️Sun Dec 21 2025
Abstract
オピオイドクライシスは,トランプ大統領が,公衆衛生上の非常事態宣言を出したことで広く知られるようになった.その始まりは,疼痛で苦しんでいる患者をなんとかしたいという善意であったが,グローバル化に取り残された社会環境を背景に,政策転換を悪用した製薬会社による安全性軽視の積極的なプロモーションにより,クライシスが拡大した.日本においては,まだ,オピオイドクライシスは起こっていないが,楽観視はできない.また,がん治療の進歩にともなって,がんサバイバーは増加していることからも注意は必要である.一度オピオイドクライシスが発生すると,終息させるのは至難の業である.そうならないため,オピオイド療法にかかわる全ての関係者が,適正使用に向け協力していくことが求められている.
I はじめに
オピオイドクライシスという言葉が,日本では一般的に使われていなかった2016年,第16回国際疼痛学会横浜大会において,Ballantyneは,製薬会社による不適切な情報提供活動がオピオイドクライシスを招いたと講演を行った.海外においては,すでに2011年にはDhallaらの家庭医のオピオイド鎮痛薬処方とオピオイド関連死の相関を調査した横断研究の結果1)から,「オピオイドクライシス」という言葉が使われ警鐘が鳴らされ始めていたが2),日本においてニュースでも取り上げられるようになったのは,2017年にトランプ大統領が,公衆衛生上の非常事態宣言を発令したころである.米国でのオピオイド鎮痛薬の処方は,2010年ごろをピークに減少3)していたが,オピオイドの過剰摂取による死亡は増加の一途をたどり,現在も毎日136名がオピオイド過量摂取により亡くなり4)終息に至っていない(図1).本稿では,米国においてオピオイドクライシスに至った背景や原因と経緯を概説し,本邦におけるオピオイドクライシス発生の潜在的なリスクを踏まえた上で,オピオイドクライシスを防ぐために行うべきことを製薬会社の立場で考える.
図1
米国では毎日136人が処方オピオイドおよび違法オピオイドの過剰摂取で死亡している
II 米国におけるオピオイドクライシスの3つの波
米国におけるオピオイドクライシスは,オキシコドンやヒドロコドンを中心とする処方されたオピオイド鎮痛薬から始まり,ヘロイン,違法フェンタニルの3つの波で拡大した4).
第1波は,1990年代,オピオイド鎮痛薬の処方が増加したことから始まり,米国では,術後や外傷後,抜歯後,産後などの主として急性疼痛に,オピオイド鎮痛薬が過剰処方され,やめられなくなったり,残薬となったオピオイド鎮痛薬を本人や家族が誤用したりして,依存症となる患者が広がっていった.
オピオイド過量摂取による死亡の原因の多くは,呼吸抑制である5).少量で使用する限り,致命的なケースは必ずしも多くないが,含有量が多い徐放製剤の場合,粉砕(crush)や,噛み砕く(chewing)などして服薬することで,急激に血中濃度が上昇し,呼吸抑制のリスクは高まる.また,粉砕して鼻吸引(snorting)や,溶解して注射摂取するなど乱用されたため,これらのリスク軽減のため,2010年に粉砕や溶解ができないオキシコドンの乱用防止製剤が,開発,販売された.その結果,オキシコドン乱用防止製剤による乱用は減少したが,すでに依存症になった患者は,ストリートドラッグであるヘロインに流れた6).これが第2波である.ヘロインも1898年発売時は,「モルヒネやコデインと違って依存性のない鎮咳剤,ミラクルドラッグ」として宣伝されており7),語源は英雄であった.
3つ目の波は,フェンタニルを中心とした合成オピオイドである.2013年ごろから,メキシコや中国から,安価なフェンタニルやカルフェンタニルが,違法なルートで流れるようになった8).とくにカルフェンタニルの力価はモルヒネの約10,000倍である9).チャイナホワイトと呼ばれるこれらの違法オピオイドは,少量で効果があるため,密輸しやすくインターネットで入手することも可能であり,さらにメキシコや中国から密輸された違法オピオイドが,ヘロインや他の麻薬と混合して販売されたため,パッケージによって純度や含有量が異なり,同じ量を服薬していても過量投与になる可能性があり危険であった8).これらの結果,米国のオピオイドクライシスは,20年間で77万7,000人の死者を出した.
III 米国におけるオピオイドクライシスの原因
1. 社会的背景
オピオイドが米国で蔓延した背景の一つには,米国地方都市の社会経済構造の崩壊がある10).自由貿易のあおりを受け,アパラチア地域やラストベルトで,失業者が増加した11).経済の衰退,頭脳流出,人口減少を経験し,怪我が多い炭鉱夫などの治療のために頻繁にオピオイド鎮痛薬が処方されることになった10).とくにアパラチア地域は,石炭産業の崩壊もあり,オピオイドクライシスの震源地とされている12).
2. 学会と政治,行政の責任
米国において,政治や学会の活動もオピオイドクライシスに影響を与えている.1996年,米国疼痛学会(the American Pain Society:APS)は,疼痛を体温,血圧,心拍,呼吸数に次ぐ,「5つ目のバイタルサイン(fifth vital sign)」として採用し13),痛みを重視するキャンペーンを開催し,この考えは,米国人に受け入れられて,急速に広がっていった.
その後,2000年10月,第106回米国議会において,2001年1月1日から始まる10年を「痛みの10年(decade of pain control and research)」として,宣言し,クリントン大統領はそれに署名したことも,大きな影響を及ぼした14).「痛みの10年」を規定する法律「疼痛緩和促進法:the Pain Relief Promotion Act」も発行され,疼痛管理の重要性が強調された.その中には,慢性疾患やがん患者における不十分な疼痛管理は,深刻な公衆衛生上の問題であり,医師は規制薬物を投与することを躊躇しないと規定されている14).
さらに,2001年,医療施設合同認定機構(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organization:JCAHO)も,「5つ目のバイタルサイン」というフレーズを採用して,全ての患者の痛みを評価すること等を求める新たな基準を作成し,医療施設に積極的な疼痛管理を求めた15).米国の多くの州では,JCAHOの認定が,メディケア,メディケイドの条件となっており,結果的にオピオイド鎮痛薬が積極的に処方されるようになった(なお,JCAHOは,2004年には,「5つ目のバイタルサイン」を施設認定基準マニュアルから削除したと説明している16)).また,ジェネリックオピオイドのシェア上昇と公的助成金の増加により,2001年から2010年にかけて,オピオイド鎮痛薬の自己負担価格が推定81%下落したことにより,手ごろな価格でオピオイド鎮痛薬が入手可能になったこともオピオイド鎮痛薬の蔓延に輪をかけている8).
3. NSAIDsの問題
痛みの10年が始まったタイミングで,問題視されていたのが,アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)である.米国人は,アスピリンイーターと比喩されるくらい,鎮痛薬の使用量が多く,NSAIDsによる腎障害や消化管出血による死亡が,AIDSに匹敵するくらい多いことが問題視されていた17).その問題に乗じ,オピオイド鎮痛薬を販売する製薬会社はNSAIDのリスクを誇張して,オピオイド鎮痛薬がNSAIDsより安全であると主張していた18).さらに,消化管出血の副作用が少ないといわれていたCOX-2阻害剤のロフェコキシブは,心筋梗塞や脳卒中のリスクが問題視され,2004年に市場から撤退したことも影響し,筋骨格系疼痛患者のオピオイド鎮痛薬とNSAIDsの処方割合は,2003年から2006年の間で逆転し,2011年までオピオイド鎮痛薬の処方は増加していった19).
4. 製薬会社の責任
このような政策の中,医療インフラが不十分な米国において,善意で始まったオピオイド鎮痛薬の処方20)であったが,製薬会社は,政策転換を悪用し,オピオイド鎮痛剤で,ほとんどの患者は依存症にならないとした安全性軽視のプロモーションを行い,急性痛,慢性疼痛ともに,オピオイド鎮痛薬の処方が急増した21).実際,オキシコドン徐放錠のプロモーション資材には,「オピオイドを服用している患者で実際に依存症になるのは1%未満」という記述が含まれていた22).
さらに,市場調査の結果を利用し,オピオイド鎮痛薬の処方意向の高い医師やメディケアの多い地区に照準を絞り,訪問頻度を高め,積極的なプロモーション活動を行った.しかもその対象となったほぼ半数は,プライマリケア医であった23).オピオイド鎮痛薬を安易に処方する医療施設(ピルミル:pill mills)には,オピオイド鎮痛薬を求めて患者が集まり,悪循環となっていった24).
5. 米国の混迷
このように,米国において結果的に産官学で作り上げてしまったともいえるオピオイドクライシスは,解決に向かうのも簡単ではなく混迷をたどっている.2016年には,オピオイドクライシスが問題となったことから,疾病対策予防センター(The Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は,慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方のためのガイドライン(CDC Guideline for Prescribing Opioids for Chronic Pain ― United States, 2016)を発行した25).ガイドラインには,90 mg/日(モルヒネ換算)以上の投与を避けることや3カ月以上の頻度で再評価を行い,利益が害を上回らない場合は漸減中止するよう推奨された25).
それを反映した州の規制や保険会社からの要請で,高用量,長期投与されているオピオイド鎮痛薬は,処方が制限され,強制的な減量が行われた.その結果,違法麻薬へ向かう患者や自殺に走る患者が増え,過量投与による死亡は減少しなかったことを問題視したオピオイド教育の第一人者であるボストン大のAlford D. P.教授らのグループは,2019年,CDCに対して,ガイドラインの誤用(misapplication)が生まれているとして,警告の書簡を送付した26).
それに対して,CDCは,すぐに,強制的な減量は推奨していない旨の返信をし,さらにCDCの上位組織である米国保健福祉省(The U.S. Department of Health and Human Services:HHS)は,オピオイド鎮痛薬中止に関するガイダンス(HHS Guide for Clinicians on the Appropriate Dosage Reduction or Discontinuation of Long-Term Opioid Analgesics)を発行27)し,患者と合意のないオピオイド鎮痛薬の急激な減量中止に対して警告を鳴らした.現在は,患者が同意したうえで進める漸減は,成功率が高いとして,自発的な漸減(voluntary tapering)が,推奨されるようになってきている28).
IV 日本における状況
1. オピオイド鎮痛薬充足率における日本の現状
このように米国では,オピオイド鎮痛薬が慢性疼痛に過剰に処方されている一方で,日本においては,必要な患者にオピオイド鎮痛薬が十分に使用されていないとの議論もある.WHOによって提案された末期がん患者の疼痛緩和に必要なオピオイド鎮痛薬消費量(adequacy of opioid analgesic consumption:AOM)の指標達成率を見ると,日本全体では,2013年と2015年において,それぞれ78.2%と73.8%であった.また,都道府県別に見ると両年で,AOMを充足したのは,山形,宮城,栃木,東京の4都県のみであり,指標とされるAOM充足率の差を埋める必要があると指摘されている29).
2. 日米における非がん性慢性疼痛におけるオピオイド鎮痛薬の処方習慣の違い
日米のプライマリケア医(それぞれ435名,198名)を対象として行ったオピオイド鎮痛薬の処方習慣に関するアンケート調査によると,設定された慢性疼痛シナリオ(非特異的慢性腰痛,変形性関節症,線維筋痛症)において,オピオイド鎮痛薬を時折もしくは常に処方すると回答したのは,米国で90.9%であったのに対して,日本では63.7%であり,急性疼痛シナリオ(腎結石,捻挫)においては,米国では97.0%であったのに対し,日本では49.4%であった.オピオイド処方に影響を与える理由は,日米とも適応症(慢性疼痛:米国75.6%,日本69.2%,急性疼痛:米国86.6%,日本52.6%)との回答が最も多かったが,大きな違いを認めたのは,急性疼痛においてオピオイド鎮痛薬が標準治療(米国66.0%,日本27.3%)になっているという回答であった.慢性痛以上に,急性痛におけるオピオイド鎮痛薬の処方習慣の違いは顕著であった30).
同様に,日米の整形外科を対象とした周術期のオピオイド鎮痛薬の処方パターンに関するアンケート調査でも,違いが明らかになっている.術前のオピオイド鎮痛薬使用に関して,日本は,米国と比べ,使用頻度が低く,使用期間も短かった.また,おもに使用されるオピオイド鎮痛薬も米国ではヒドロコドン/アセトアミノフェン,日本ではトラマドール/アセトアミノフェンと違いを認めた.術後においても日本は,米国と比べオピオイド鎮痛薬の処方頻度が低く,処方錠数も少なかった.また,米国では,術後疼痛管理にオピオイド鎮痛薬が必須と強く考える医師が,22.7%であったのに対し,日本ではたったの2.7%であった.その一方では,手術適応でない慢性疼痛患者に対し,米国では51.9%がオピオイド鎮痛薬を処方していないと回答したのに比べ,日本ではオピオイド鎮痛薬を処方していないのは6.9%にとどまった.日本では米国と比べ入院期間が長く,注射のオピオイド鎮痛薬は使用されるが,退院時に内服で処方されるケースは,限定的である.このように米国では,周術期のオピオイド鎮痛薬の使用頻度が高く,処方量が多いことが,慢性的なオピオイド鎮痛薬使用につながっていると考えられる31).
3. 日本において,オピオイドクライシスは起こらないのか?
このように日本においては,欧米と比べてオピオイド鎮痛薬の消費量が少なく,非がん性疼痛における処方習慣も異なっている.さらに,オピオイド鎮痛薬のリスクを不安視する国民の意識や治安の良さも,オピオイドクライシスが問題となっていない理由と考えられる.また,オピオイドの誤用に対するリスク軽減戦略を国際比較したシステマティックレビューによると,日本の麻薬規制である「麻薬及び向精神薬取締法」における厳しい規制によりオピオイド鎮痛薬を簡単に処方できない点や,非がん性慢性疼痛にオピオイド鎮痛薬を処方する際に,e-learning受講と医師と患者の署名入りの確認書発行を義務化している点も評価している32).
では,日本は心配する必要はないのであろうか? 日本におけるオピオイド関連死亡は,副作用の自発報告であるPMDA医薬品副作用データベース(Japanese Adverse Drug Event Report database:JADER)によると,2004年4月から2017年3月までで,転帰が死亡であった報告は,335例と,海外と比べるとオピオイド関連の死亡はきわめて少数であり,まだ社会問題となっていない.しかし注目すべき点は,原因薬剤の経時的変化である.2009年までの原因となったオピオイド鎮痛薬は,モルヒネの報告が多かったが,2010年以降の主要な原因はフェンタニルにとってかわっている.2010年はフェンタニルが慢性疼痛に適応を取得した年であり,これが原因の一つと考えられる.今後,慢性疼痛に適応を取得するオピオイド鎮痛薬が増え,処方量が増加すると,安心はできない.2020年には,オキシコドンも慢性疼痛に適応が追加され,さらに慎重な使用が望まれる33).
4. 日本における,非がん性慢性疼痛におけるレスキューの使用
現行の「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン 改訂第2版」には,「CQ16:オピオイド鎮痛薬による治療中に生じる突然増強する痛みに,どのように対処するのか?」に対して,「非がん性慢性疼痛患者に発生する突然増強する痛みに対し,安易にオピオイド鎮痛薬を使用すべきではない.また,オピオイド鎮痛薬による治療中にレスキューとしてオピオイド鎮痛薬を使用することは,乱用につながる可能性が高く,推奨されない.」と記載されている34).
しかし2010年に,慢性疼痛におけるオピオイド治療の現況を調査した井関の報告によると,疼痛治療専門施設の医師を対象にアンケートを実施した結果,非がん性慢性疼痛における突出痛に対する短時間作用性オピオイド(レスキュー)の使用について,必要とする意見が60%程度(n=134)にのぼったと報告されている35).この調査は,「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン」が,発刊される前ではあるが,非がん性慢性疼痛に対するレスキューの使用をしないことに関して,引き続き啓蒙が必要であると考える.
V がんサバイバー
がんの診断や治療の驚異的な進歩に伴い,平均余命は改善し,がんサバイバーは増加している.がん患者のシステマティックレビューによると,抗がん剤治療中は55.0%,緩解後でも39.3%のがんサバイバーが,がん疼痛以外のさまざまな原因で疼痛を訴えている36).
従来,がん患者の疼痛に,オピオイド鎮痛薬を使っても依存症にならないと考えられていたが,がん患者は一般集団よりも心理的苦痛の割合が高く,これは物質使用障害(substance use disorder:SUD)の危険因子となる可能性があるといわれている37).実際,進行がん患者の前向き研究で,約18%がケミカルコーピングを認めている38).
米国臨床腫瘍学会(the American Society of Clinical Oncology:ASCO)は,がんサバイバーの人口が増えたことから,2016年に,成人がんサバイバーの慢性疼痛管理に関する臨床ガイドライン(Management of Chronic Pain in Survivors of Adult Cancers: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline)を発行した39).このガイドラインには,がんサバイバー(ASCOのガイドラインにおけるがんサバイバーは,診断された時からでなく,急性治療を終えたがん生存者として定義している)の疼痛が,QOL低下に影響しているとして疼痛管理の重要性だけでなく,オピオイドクライシスを背景に,がん患者においても乱用,依存症等のオピオイド治療における悪影響を最小限にするため,ユニバーサル・プリコーション(普遍的予防策)に取り組むことを求めており(Recommendation 3.3.),必要に応じ,漸減することも盛り込まれた(Recommendation 3.6.)39).
また,2018年には,世界保健機関(World Health Organization:WHO)もCancer Pain Reliefを改訂して,その内容を一新して,WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents40)として発行した.さらに,がん疼痛治療の目標も「疼痛の消失」から,「許容可能なクオリティ・オブ・ライフ(quality of life:QOL)を維持できるレベルまでの疼痛の軽減」に変更された.さらにオピオイド鎮痛薬の中止に関する記述も追加され,疼痛が軽減したら,オピオイド鎮痛薬の漸減,中止を求められるようになった40).
いずれのガイドラインからも,がんは,治る病気になったことで,オピオイド鎮痛薬を効果が得られるまで,上限なしで増量するという従来の考え方から,副作用を考慮しながら,QOLの向上を目標に疼痛軽減を行う非がん性慢性疼痛の考えに近くなってきたと考えられる.
VI 製薬会社が関与する市販後における安全対策
冒頭でも述べたように,オピオイドクライシスを起こさないためには,製薬会社の情報提供活動やその姿勢が,プラスにもマイナスにも影響を及ぼすと考えられる.現在,非がん性慢性疼痛に効能を取得したフェンタニル経皮吸収型製剤,ブプレノルフィン経皮吸収型製剤,オキシコドン徐放錠には,製薬会社による適正使用のための管理体制が敷かれている.
また,各薬剤は,承認条件として,慢性疼痛の診断,治療に精通した医師に処方は限定されており,処方医師の登録,e-learningの受講,確認テストの合格,薬局での確認が必要とされている.さらに,フェンタニル経皮吸収型製剤とオキシコドン徐放錠は,医師と患者の署名が必要な確認書発行も必要とされる.不適切なオピオイド治療は,患者の利益につながらないだけでなく,大きな社会的リスクとなることからも,各社とも,安易で漫然とした使われ方がされないように,情報提供が行われる必要がある.
さらにオキシコドン徐放錠に関しては,確認書の発行を処方箋発行に合わせ,毎回発行を必須とし,その上で,薬剤師は,当該医師が発行した確認書を処方箋とともに患者が持参した場合のみ,再度,服薬指導を行ったうえで,調剤できることとしている.また,製造販売後調査(post marketing surveillance:PMS)は,早期の症例収集を目指すため,350例に達するまで全例登録とした.
さらに,e-learningを受講した医師を対象として,がん性疼痛と非がん性慢性疼痛における治療目標の違いやオピオイド鎮痛薬の適正使用を啓発するため,継続した医学教育を行うこととしている.
VII おわりに
オピオイド市場を拡大してきた製薬会社は,痛みで苦しんでいる患者に貢献してきた一方で,不適切なプロモーションにより,多くの依存症患者をつくり,過量投与により,多くの患者を死に追いやった.
オピオイドクライシスを起こさないために製薬会社が求められていることの一つに,依存症を起こしにくい鎮痛薬の開発や乱用防止製剤の開発がある.しかし,海外では,製薬会社による直接プロモーションを制限することが,オピオイドクライシスを抑制するために効果的との意見が出るほど,製薬会社による情報提供活動に対して信頼されていない41).
日本において,オピオイドクライシスが大きな問題となっていないのは,日本の製薬会社が倫理的に素晴らしかったわけではなく,国民性や法規制の寄与が大きい.実際,過去には,製薬会社により安全性を軽視し利益を優先したために起こった薬害は,枚挙にいとまがない.幸い,日本においてオピオイドクライシスはまだ発生していないが,米国のようにオピオイドクライシスが発生してしまうと,オピオイド鎮痛薬の処方制限をしたとしても,それを終息させるのは至難の業である.
世界各国で起こっているオピオイドクライシスを他山の石として,オピオイドクライシスを予防するためには,疼痛治療においてオピオイド鎮痛薬は,最強の鎮痛薬ではなく,数ある疼痛治療法の単なるオプションの一つであるということを認識することが必要である.さらに,患者個々に,リスクとベネフィットを判断の上,必要とされる患者に,適切な投与量で,適切な期間に使用されるよう,適切な情報提供を行い,産官学を含めオピオイド鎮痛薬にかかわるすべての関係者が,協力していくことが求められている.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.
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