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フェラーリ会長、突如退任 F1界にも激震

  • ️Mon Sep 15 2014

2014年9月15日 7:00

米クライスラーとの経営統合の最終段階にあるフィアット(イタリア)グループに10日、激震が走った。子会社フェラーリのルカ・ディ・モンテゼーモロ会長(67)の退任を発表した。自動車レースの最高峰「F1」界のカリスマとしても知られる。フィアットのセルジオ・マルキオーネ最高経営責任者(CEO、62)との路線対立が背景とみられるが、F1界にも衝撃が広がりそうだ。

ブランドに自負 フェラーリのモンテゼーモロ氏

「(アメデオ・)フェリーサがCEOにとどまる。フェラーリの『唯一性』を守り続ける目標は変わらない」。10日午後、イタリア北部にある「跳ね馬」ファンの聖地、マラネッロでの会見でモンテゼーモロ会長はこう説明した。

同会長は10月13日に退任し、隣に座ったマルキオーネ氏がフェラーリ会長を兼ねる。1991年から務めてきた実力会長がフェラーリの経営路線は継承されると強調し、表向きは円満な退任にも見える。

だがモンテゼーモロ氏は先週末、伊メディアで退任観測に対し「今年3月に3年続けることを株主や社員に約束している」と否定したばかり。「グループのお家騒動」との観測も上がるが、何が背景にあるのか。

治外法権認めず フィアットのマルキオーネ氏

「今の状況は受け入れがたい。人事刷新もありうる」。マルキオーネ氏は7日、F1のイタリアグランプリ決勝で9位とリタイアに終わったフェラーリの惨敗に怒りをぶちまけた。製造者が競うコンストラクターズ・ポイントの年間優勝回数で最多を誇るフェラーリも2008年以降優勝から遠ざかっている。

モンテゼーモロ氏は1973年にF1チームのマネジャーに就いて以来、常勝集団を作りブランド確立にも貢献したとの自負がある。一方、会計士出身のマルキオーネ氏にすればF1で巨額投資に見合う結果が出せないフェラーリへの不満は募る。10日の会見でモンテゼーモロ氏は「エンジンのルール変更を甘く見ていた」とF1不振を退任理由として示唆した。

だがF1だけが理由とみる向きは少ない。根深いのはフェラーリを巡る経営路線の対立だ。

当初、04年に最高経営責任者(CEO)として自動車業界に飛び込んだマルキオーネ氏をモンテゼーモロ氏はフィアット会長兼務で支えた。伊産業連盟(経団連)会長を務め政界にもパイプを持ちフィアット国内工場の縮小など改革しやすい環境をつくった。

10年にフィアット創業一族、アニェリ家の末裔(まつえい)ジョン・エルカン氏にフィアット会長職を禅譲した後も同社の取締役を兼ねる。

リーマン・ショックと欧州債務危機が両者の溝を深めるきっかけとなった。マルキオーネ氏はフィアットの業績が悪化する中、クライスラーの株式取得や新興市場事業への資金が必要で、当て込んだのが90%を保有するフェラーリ株だった。

かたや、モンテゼーモロ氏には在任期間でフェラーリの売上高を10倍、販売台数を3倍にし「世界で最も力強いブランド」(同氏)を築いた自負がある。フィアット側が模索したフェラーリ上場計画には「私はフィアットの取締役も兼ねる。上場は必要ないし、不可能だ」と否定し続けた。

フィアット、フェラーリ巡り対立

2つ目の争点はブランド価値と収益のバランスだ。マルキオーネ氏が5月にまとめたフィアット・クライスラー・オートモービルズの中期経営計画は「高級車部門の収益拡大」が柱の1つ。ただ現状は傘下の「マセラティ」「アルファロメオ」の拡販が中心だ。一方のモンテゼーモロ氏は昨年5月、フェラーリが受注残を抱える中で「これからは年7千台以上造らない」と宣言していた。

だがイタリア経済は4~6月期に2四半期連続のマイナス成長で再び景気後退局面に。ユーロ圏全体でもゼロ成長になりデフレ懸念が強まる。マルキオーネ氏が描く欧州事業の黒字転換シナリオも怪しくなり、最も利益率の高いブランドの"治外法権"を認める余裕はなくなっている。

統合新会社の販売台数を18年に13年比約6割増の700万台、営業利益を同2.6倍の90億ユーロ(約1兆2400億円)とする計画には、アナリストから実現可能性に疑問の声が出ている。8月の株主総会で統合は承認されたが、会社側に高値で買い取ってもらう権利を行使した株主が続出。今回の人事にはマルキオーネ氏の焦りもにじむ。

3つ目の争点は根源に関わるテーマ「イタリアへのこだわり」だ。新会社は10月中旬に発足後、115年間親しんだ伊トリノを離れる。登記上はオランダ、税法上は英国に本社が移り、ニューヨークとミラノの証券取引所に上場する。

「フェラーリは最後までイタリアに残る。イタリアらしさを訴えることこそが競争力」(モンテゼーモロ氏)との主張に対し、脱イタリアを強めるマルキオーネ氏。モンテゼーモロ氏の助けを借りた10年前とは立場も変わり、伊経済界の強烈な個性同士の距離はもう縮まることはなくなっていた。

(フランクフルト=加藤貴行)

[日経産業新聞2014年9月12日付]