鬼瓦の表札で伝統の技つなぐ 埼玉・小川町の職人奮闘
- ️産経新聞
- ️Wed Sep 28 2022
埼玉県小川町で鬼瓦を製作する県伝統工芸士の富岡唯史さん(60)が、新たな表札作りに奮闘している。鬼瓦の技術を生かして鬼の顔を大胆にあしらった重厚感あふれるたたずまいが売りで、評判はうなぎ上りだ。瓦屋根の住宅が減って鬼瓦の需要も縮小する中、伝統の技を未来につなぐべく、新たな活路を見いだそうと日夜励んでいる。(星直人)
富岡さんは小川町の出身で、「鬼師(おにし)」と呼ばれる伝統技術を受け継ぐ鬼瓦職人だ。高校卒業後に職人を目指して修業を始め、現在は父親から受け継いだ町内の工房の2代目として、主に神社や仏閣、住宅の屋根に使われる鬼瓦を製作している。
小川町では明治時代から鬼瓦の生産が盛んに行われ、地場産業として長く栄えた。しかし建築様式の洋風化などで伝統的な瓦ぶきの住宅が減ると、鬼瓦や鬼瓦職人も減少。いまや町内では富岡さんが唯一の鬼瓦職人だ。緻密な作業と豊富な経験が求められるため、県内でも数人にとどまるという。
富岡さんが鬼瓦の注文が顕著に減ったと肌で感じるようになったのは約10年前。それから鬼瓦を後世に伝えるために試行錯誤を続けてきたが、令和2年秋に転機が訪れる。かねてから交流があった地元企業が、鬼瓦の制作技術を生かして表札を開発しないかと持ちかけてきたのだ。それまで富岡さんに屋根以外で鬼瓦を使うというイメージはなかったが、「少しでも鬼瓦を知ってもらうことにつながれば」と考えて引き受けた。
表札作りでは、「鬼面」と呼ばれる鬼の顔をかたどったパーツに最もこだわった。表情や大きさをどうすればいいか何度も検討を重ね、3年5月に「鬼面表札」(価格は2万円から)として発売にこぎつけた。
名字部分の上に鬼面を配し、手作業で2~3カ月かけて製作する表札は迫力たっぷり。別売りの台座をつければインテリアとして楽しめることもあって、発売してから注文が後を絶たず、1年で約70個を販売した。
富岡さんは小川町内で開催される鬼面表札作りのワークショップで参加者に伝統技術に触れてもらう活動にも取り組んでいる。鬼瓦は依頼内容によっては価格が数百万円に上ることもあるが、鬼面表札なら手が届きやすい。富岡さんは「鬼面表札を通じて、鬼瓦の文化を一人でも多くの人に身近な存在として感じてもらえれば」と力を込めた。