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白銀師(しろがねし)~刀剣・日本刀を作る

刀装具のなかで最も重要な鎺

一重鎺

一重鎺

」とは、刀身棟区(むねまち)・刃区(はまち)と、平(ひら)の部分を取り巻いている筒状の金属部品。鎺の空間を正面から観ると、刀身と同じ形をしています。

右イラストの上端を「貝先」(かいさき)、下端を「台尻」(だいじり)と言い、貝先は刀身棟区・刃区と接します。「はばき」という名称は、人が脚に着ける脛巾(はばき)に形状が似ていることから付けられました。

鎺は刀身を固定し、(さや)のなかで浮かせる役割を担っています。古墳時代の遺跡から見つかった出土刀にその原型が見られるのは、鎺が日本刀にとって重要な2つの役割を果たしているためです。

刀身が鞘のなかで浮いた状態

刀身が鞘のなかで浮いた状態

鎺が担う役割のひとつは、刀身の固定。日本刀は通常、鞘に収めた状態で保持されますが、仮に固定されていなかった場合、刀身が鞘のなかでガタガタと揺れ、鞘の内側部分と接触しすぎてしまうことで、刀身の損傷や錆を誘発します。

日本刀が必要なときに役に立たないという最悪の事態を防ぐため、刀身は鎺によって固定され、鞘のなかで浮いた状態になっているのです。

また、鎺には事故を防ぐ効果もあります。

刀身が固定されていない場合、体を前傾姿勢にしたとき、刀身がスルリと前方に抜け落ちてしまう危険性があり、万が一、ここに倒れかかりでもしたら、命にかかわる大惨事に発展してしまう恐れがあるのです。

事故にならなかった場合でも、刀身が損傷してしまうのは確実。「鞘走留」(さやばしりどめ)という鎺の異名は、刀身の抜け落ち防止機能に着目した言葉です。

もっとも、必要以上にきつく固定されては、いざというときに抜刀できません。なんとか抜けたとしても、鯉口を切る動作がひと呼吸遅くなってしまいます。

斬り合いにおける対応の遅れは、命取り。鎺には、ゆるすぎず、きつすぎず、鍔に添えた左手の親指に少し力を入れただけで、鯉口を切ることができる精度が求められたのです。

斬り合いとなったときは、全力で抜き、刀身を振ります。刀身の重量に遠心力が加わるため、当然ながら強い衝撃が両手にかかるのです。

しかし、それでも日本刀を取り落とすことは稀でした。鎺がクッションの役割を果たし、刀身同士のぶつかりあいによって生じる衝撃を軽減していたためです。

鎺は小さい刀装具ですが、鞘内での刀身保持(安定)、事故防止、抜刀具合の調節、斬撃力緩和という役割を果たしています。鎺制作の専門家たる白銀師は、武器としての日本刀制作において、最重要刀装具職人のひとりとも言えるのです。

江戸時代に入って幕藩体制が安定すると、白銀師考案の下、各藩において特色のある鎺が制作されるようになりました。

「お国鎺」と呼ばれるこれらの鎺では、尾張鎺・大坂鎺・庄内鎺・水戸鎺・肥後鎺・加州鎺・薩摩鎺が有名です。

観賞用の鎺

鎺

日本刀が作られ始めた当初、鎺は日本刀を作刀した刀匠が、日本刀と同じ材料を用いて制作していました。

この鎺は、刀身とは別の材料で制作された鎺と区別する意味で「共鎺」(ともはばき)と呼ばれています。もっとも、分業化が進んで白銀師が鎺の制作を担当するようになると、鉄はふたつの理由で忌避され始めました。

手入れを怠った場合、刀身とともに鎺まで錆付いてしまうこと、鎺が硬すぎて刀身を痛めやすいことの2つです。

鉄に代わって鎺制作に用いられるようになったのは金・銀・銅など、当時「色金」(いろがね)と呼ばれた材料でした。これらの材料を使って鎺を制作したことから、鎺制作を担当する職人は、白銀師という名称で呼ばれるようになったのです。

鎺は現在でこそ、それだけで鑑賞の対象になっていますが、長い間、刀装具としての機能性のみが追及されてきました。その風向きが変わったのは、安土桃山時代ころ。

日本刀が贈答品として用いられるようになったことで、刀身と同様に、鎺にも芸術性が求められるようになったのです。この傾向は、戦のない天下泰平の世となった江戸時代に入るとますます強まり、現在に至っています。

仕事場と仕事道具

白銀師の仕事場

鎺制作では、多様な道具と相応のスペースが必要になるため、白銀師は各自、専用の作業場を持っていました。

白銀師の工房で共通しているのは、日当たりの良い場所を選んでいる点です。

これは鎺制作では、常に視覚による確認が求められるためであり、白銀師達は天窓を設けたり、腰窓を2~3設けたりするなどして、それぞれ作業場に自然光を取り入れる工夫をしています。

また、作業のなかでガスバーナーなどの強い火力を必要としているため、防火性に優れた壁板を設置。火災防止に最大限の注意を払っているのです。

白銀師の主な仕事道具

金槌
鎺の下地となる金属を叩いてのばすときや、にはめ込む「きめ込み」の際に使用。
ガスバーナー
鎺の下地となる金属を熱してやわらかくするときや、折り曲げた下地の両端を熱で接着するときに用いる。
ペンチ
ガスバーナーで熱した直後の下地を保持するために使用。
(やすり)と鏨(のみ)
鎺となる下地を削ってかたちを整えるときに使用。白銀師の仕事場には、何種類もの鑢・鏨が常備されている。
仕事着
仕事着は動きやすい、厚手、からだにフィットの3点がポイント。動きやすさは作業能率向上につながり、厚手の生地が工具から身を守り、フィットしていることでバーナーの火が引火しにくくなる。
ピンセット
銀蝋(ぎんろう)など鎺制作に伴う微細な道具をつまむときに使用。

白銀師の仕事は非常に精密であり、ほとんどの職人は長年使い続け、手とからだになじんだ道具を愛用しています。

刀身が白銀師のもとに来るのは、研師による下地研(したじとぎ)が終わったあと。刃は鋭くなっています。作業を進めるうえで刀身を握ることもあるため、刀身と自分の手を守るため、白銀師は茎より先に養生を施しているのです。

鎺制作作業の流れ

刀匠による日本刀制作とは異なり、白銀師の鎺制作については、イメージすることが難しいという人が多いかもしれません。ここでは、一般的な鎺の制作過程を7段階に分類。各工程におけるポイントなどとともにご説明します。

①素材の切り出し

最初に行なわれるのが銅・金・銀のいずれかから下地用に切り出す作業です。日本刀は1振1振、形状が異なるため、切り出される大きさや形もまちまち。

白銀師は鎺を着せる対象を観察し、「この刀にはどんな鎺が合うのか?」との自問自答とイメージ化をくり返し、方向性が決まったところで、それに最適な素材の切り出しを始めます。

後述する白鞘師・豊田勝義氏などは、「この刀にはどんな鎺がいいだろうかと考えて、半日も刀と睨めっこすることもある」旨を語っているほど。白銀師にとって、様々に思いをめぐらせる作業です。

②火造り

切り出した素材を高温にしたバーナーの火で熱してやわらかくし、ペンチでつかんで金属製の台のうえに固定し、金槌を使って叩きのばしていきます。

意図する部分まで伸びたら、素材を折り曲げ、再びバーナーの火で加熱して成形。刀身の茎部分にはめ込んでから、左右の平を金槌で叩きつつ、刀身に合わせたかたちに調整します。

火造りでは、下地越しに刀身を叩くとき、誤って刀身を叩いてしまわないように注意が必要です。刀身を傷付けることだけは絶対に避けなければなりません。

③固定

折り曲げた下地の内側に、区金(まちがね)という細い棒を入れます。この時点では鎺の形状にはなっていても、素材を折り曲げただけの状態であり、両端は接着していません。

区金を入れたあと、次の作業に進む前に素材の両端を針金で固定します。

④蝋付け

蝋付け

蝋付け

刃区側に白色半透明の「硼砂」(ほうしゃ)という鉱物を塗り、両端が合わさって狭くなった部分に区金を押し込み、さらに銀と真鍮(しんちゅう)を素材として作った「銀蝋」という合金を置いて、高温にしたバーナーの火を下地の下部に当てます。

硼砂がガラス状に流れ、銀蝋が流れ込めば接着完了。熟練の白銀師は、鎺の下地を刃方で接着する際、銀蝋が刃区の部分に回らないように、との粉(石を細かく砕いた粉)などを詰めます。

これをしないで蝋が刃区に当たると、焼きが入っていない刀区や、硬い焼刃が傷んでしまうためです。

⑤鍛造

鍛造

鍛造

蝋付け終了後、鎺となる素材を刃区・棟区に収まるようにする工程。白銀師達のあいだでは「きめ込み」とも呼ばれています。

鎺となる素材を茎に通したあと、平面と棟区側・刃区側を叩いていきます。左右両平を叩いて幅を緩くしたあと前に押し出し、棟区側・刃区側を叩いて調整。さらに左右両平を叩きます。

つまり、緩めてから締めるという工程の繰り返しにより、鎺の下地が刃区・棟区に収まるのです。

作業としては単純ですが、どの工程よりも根気が必要になります。経験が浅く技術的に未熟な白銀師が叩く場所を誤り、刀身を傷付けてしまうことも珍しくはありません。

気を抜けばベテランも同じ結果になる恐れがあるのです。白銀師にとって、集中力を最大限に維持して作業を進める必要がある、常に緊張を強いられる工程であると言えます。

1897年(明治30年)に生まれ、50年以上も鎺制作に携わり、昭和を代表する白銀師・豊田勝義氏は、1973(昭和48年)に刊行された「日本刀職人職談[大野正編著 光芸出版]」中で次のように語っています。

「永年この仕事をやっていて、きめ込みのところはいつも神経を使います。とちりの危険性ができるだけ少なくなるように、まず硬くて欠け易い刃だなと思うと、ヤスリでちょっと硬さを試してみます。その結果危険な硬さだと分かった場合、あるいは焼きがなくやわらかい場合には、直接鎺が焼刃に当たって焼刃を傷めることがないよう、薄紙1枚ほどの隙間を取って逃げます。鎺の表面の肉だけでも寄せてしまえば、見たところまったく分かりません」。

⑥整形

刀区・棟区に収まった鎺素材をいったん茎から外し、各種のヤスリを使って貝先と台尻、接合部分などを削ってかたちを整えます。

万が一、整えが不十分な鎺に仕上がってしまうと、このあと鞘やを担当する鞘師の仕事に支障が生じてしまうためです。

白銀師は、鞘師の仕事を円滑にするためにも、人一倍気を遣って整形します。

⑦金着せ

金着せ

金着せ

鞘内で刀身を固定する機能を高めるとともに、表面的な美しさを出すため、鎺に薄い金の板を被せます。その際、金を引っ張るようにしてピッタリと下地に密着させながら貼っていきます。

非常に細かく難しい作業であることに加え、下地作りが丁寧でなければ、金着せもうまくいきません。まさに白銀師の腕前が問われる作業であると言えるのです。

金着せにより鎺の基本が完成したら、最後の仕上げ。鑢(やすり)や鏨(たがね)で美しい装飾が施され、実用はもちろん観賞価値も存分に有する鎺が誕生するのです。

このように並べると、まるでマニュアル化されているかのような印象を抱きがちですが、実際は真逆。1振1振の個性が異なる日本刀に適合した鎺を作る訳ですから、オーダーメイドの作業になります。白銀師は日本刀の個性を見極めつつ、試行錯誤を繰り返しながら作業に従事しなければなりません。

具体例を挙げるなら、反り。素人目には同じように見えても千差万別で、刀身の数だけ反りがあります。白銀師は刀身の曲線に合わせて鎺を制作するのですが、その日本刀のみが持つ曲線の美しさを損なわないよう配慮しなければなりません。

微調整しつつ鎺の形を整えることは、難易度の高い作業であり、熟練の技が必要です。

前述したように、刀身に合わない鎺を装着した場合、拵と鞘の部分で狂いが生じてきます。白銀師は、日本刀制作のなかで非常に重要な役割を担っているのです。

鎺は、日本刀の基本的な構成要素であると言えるため、1個の鎺を制作するためには無数の技術が要求されます。そのため、白銀師は数えきれないほどの反復練習と失敗を繰り返しつつ、仕事の流れとコツをつかみ、一人前の職人へと成長していくのです。