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「センス・オブ・ワンダーを授けて」──海洋学者レイチェル・カーソンが残した言葉。【世界を変えた現役シニアイノベーター】

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  • ️Fri Apr 10 2020

「死の連鎖をひき起こした者はだれなのか。」

自宅近くの森にて読書をし動植物を観察するレイチェル・カーソンの姿。1962年撮影。

1962年に出版された名著『沈黙の春(Silent Spring)』は、出版されるやいなや社会を揺り動かした。なぜなら、急速な経済発展に伴い、農薬や化学物質が次々と開発されていた時代に、その乱用の危険性を先駆的に鋭く訴える内容だったからだ。こうした化学物質は、動植物の食物連鎖によって生体内に濃縮して蓄積され、やがて環境汚染を引き起こす。レイチェル・カーソンは、最後は人間まで汚染されると警告したのだ。人間が自然の生態系を大きく壊しているという彼女の告発は、当時のアメリカ大統領をも動かし、のちに環境保護庁が設立されるきっかけとなった。もし、この時、彼女が警鐘を鳴らさなかったら、地球環境は今よりもさらに汚染が進んでいただろう。

「静かに水をたたえる池に石を投げこんだときのように輪を描いてひろがってゆく毒の波。石を投げこんだ者はだれか。死の連鎖をひき起こした者はだれなのか」

大人になるにつれ失われる感性。

子どもたちと自宅近くの森で。1962年撮影。

『沈黙の春』が出版された2年後、彼女は癌でこの世を去った。56歳だった。亡くなった翌年に出版された彼女の遺作『センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)』の中でレイチェルは、幼い甥のロジャーとアメリカ・メイン州の森や海岸を一緒に探索した美しき日々を回想している。

ある秋の夜、彼女は当時1歳8ヶ月だったロジャーと海に出かけ、ゴーストクラブを探しに行く。ロジャーは海辺に轟く波の音、風の歌、暗闇に怖がることなく、自然の力に包まれた世界を幼子らしい素直さで受け入れる。雨の日は森へ散歩にいき、水を含んでキラキラ輝く苔や、色とりどりのキノコなど、豊かな自然からの贈り物を子どもに届ける。毎年毎年、素晴らしい光景を幼い心に焼き付けていたロジャーは、ある日レイチェルの膝の上で満月を眺めながら、「ここにきてよかった」と言ったそうだ。

自宅近くの海岸で。1962年撮影。

この本の中には、とりわけはっとさせられる一節がある。

「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性』を授けてほしいとたのむでしょう」

環境問題を考える日々の中で、今一度私たち大人も、森の声、海の声、地球の声に耳を傾けてみてはどうだろう。私たち大人は果たして、レイチェルのように自然の尊さに対する子どもの純粋な感性を守ることができているだろうか。彼女の言葉を胸に行動しよう。

「地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう」

Text: Mina Oba Photos: Getty Images