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第31回読売演劇大賞ノミネート決定…作品・男優・女優・演出家・スタッフ5部門

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  • ️Fri Jan 19 2024

 2023年の優れた演劇作品や演劇人を顕彰する第31回読売演劇大賞(主催・読売新聞社、後援・日本テレビ放送網)の第1次選考会が開かれた。9人の選考委員による長時間の議論の結果、選ばれた作品、男優、女優、演出家、スタッフ計5部門のノミネートを報告する。(敬称略)

作品賞…「虚実皮膜」にある真実追求

 ノミネートが決まった5作品は、人種差別を巡る米国社会の分断と融和を描いたミュージカル、演劇界をリードする実力者が大胆な着想で創作した2本、米国の戯曲を自然な日本語で紡いだせりふ劇、デジタルとアナログの融合を目指した小劇場の意欲作だ。手法は多彩だが、それぞれ人間の心や命を誠実に見つめていて、「虚実皮膜」にある真実を追求しようとする作り手のメッセージが高く評価された。

 推薦作品は前回より1本少ない24本。1委員以上が最高点の5点を付けたか、複数委員が推した上位の8本が選考対象となり、まずは評価が集中した4本が選ばれた。

「ラグタイム」 東宝演劇部提供
「ラグタイム」 東宝演劇部提供

 一抜けしたのはミュージカルの「ラグタイム」。5委員が推し、3委員が最高点を付けた。米ブロードウェー初演が1998年。その日本版初演を、藤田俊太郎が演出した。20世紀初頭の米国における人種や宗教間のあつれきと懸命に生きた人々の姿を、当時流行したリズミカルな音楽(ラグタイム)にのせて描いた群像劇。白人、黒人、ユダヤ人を衣装の色を分けて表現した工夫に「日本人にとっての困難な問題をクリアした」と絶賛の声が相次ぎ、「石丸幹二、井上芳雄、安蘭けいを始め全キャストの演技、歌が素晴らしく、歯切れ良い演出で米国の現代史をじっくりと見せた」と称賛された。

「人魂を届けに」 写真・田中亜紀
「人魂を届けに」 写真・田中亜紀

 続く3本は、いずれも上半期ベスト5の作品。「人魂を届けに」は4委員が推し、3委員が最高点を付けた。死刑執行された男の体から飛び出た「人魂」を、刑務官が奥深い森に住む母親に届けに行く物語。劇団「イキウメ」主宰・前川知大(作・演出)の意図を熟知した劇団員に加え、現代劇の女形俳優、篠井英介が母親役を好演した。「現代の幸福論を導き出した戯曲の力強さと、それを具現化した俳優、スタッフワークで完成度の高い舞台となった」と高評価だった。

「ラビット・ホール」 写真・岡千里
「ラビット・ホール」 写真・岡千里

 4委員が推し、2委員が最高点を付けた「ラビット・ホール」も藤田の演出。交通事故で息子を亡くした夫婦の喪失感と、少しずつ心が癒やされる道程を描いた物語で、「一人一人の微妙な心の動きが伝わる。英語をきちんと日本語の正しい表現に置き換えて、感情を込めて語っていた」とたたえられた。

「兎、波を走る」写真・篠山紀信
「兎、波を走る」写真・篠山紀信

 野田秀樹作・演出の「 兎(うさぎ) 、波を走る」は4委員が推薦。「不思議の国のアリス」やAI(人工知能)など複数の物語や事象をないまぜにしたファンタジーが、やがて北朝鮮による拉致という現実の事件に衝撃的につながっていく。「以前の『フェイクスピア』にも通じる、置きざりにされてはならないものを強くアピールした内容で、野田一流の言葉遊びも駆使した刺激的な舞台」と称賛された。

「我ら宇宙の塵」 写真・小岩井ハナ
「我ら宇宙の塵」 写真・小岩井ハナ

 残り1枠は投票の結果、「我ら宇宙の 塵(ちり) 」が入った。事故死した父を少年が捜しに行き、その少年を母親が捜し回る物語で、演劇プロジェクト「EPOCHMAN(エポックマン)」主宰の小沢道成が作・演出・美術を担当。舞台を半円状に囲んだLEDディスプレーに宇宙の星々などの映像を映し、少年のパペットを小沢が操って俳優たちと芝居をした。「デジタルを使いながらアナログ感がある。俳優、人形、映像と、作品としての総合力が優れていた」と高評価だった。

 「モモンバのくくり 罠(わな) 」は1票差で及ばず。「ドリームガールズ」と「シュレック・ザ・ミュージカル」を推す声もあった。

男優賞…大作、歌舞伎分野幅広く

 ミュージカルやせりふ劇の大作、新作歌舞伎など様々な分野からノミネート。4人が初選出となった。

 討議では絞り込めず、投票でまず4人を決めた。中村 芝(し) のぶは国立劇場の歌舞伎俳優研修出身の女形だ。「 極付印度伝(きわめつきいんどでん)  マハーバーラタ戦記」で王座を奪われた恨みを晴らしていく王女役で「大役で本領を発揮した」「魅惑的な悪女が完全に主役を食ってしまった」などと絶賛。美の神も演じた。「新作歌舞伎ファイナルファンタジーX」での演技も評価された。

 狩野和馬は「闇の将軍 四部作」で政治家・田中角栄の半生を熱演。「そっくりだがモノマネでなく、波乱万丈の人生が観客に伝わるように演じた」と評された。

 2度目の選出の山西 惇(あつし) も2作品が評価された。エイズが流行した時代のニューヨークが舞台の大作「エンジェルス・イン・アメリカ」で大物弁護士を演じ「大きな芝居のなかで、ワンカットでエイズの怖さを示した」とされた。井上ひさし作「闇に咲く花」では出征した息子を待つ神主役で「人物の人格まで造形する技量に感服した」と称賛された。

 高橋克実は、5人の男がポーカーに興じたクリスマスイブを描く「海をゆく者」で、大酒飲みで目が不自由な男を演じた。「ここ数年の成長がめざましい。成熟した男優に囲まれながらうまく操るリーダー的存在だった」と推された。

 残る1枠は再投票で柿澤勇人が選ばれた。ミュージカル2作での評価だ。「ジキル&ハイド」では表題役の2役を演じ、「表裏一体でつながった役作りをしていた」とされ、「スクールオブロック」では教師になりすますワイルドなバンドマンを演じ「身体能力、色気、危うさを身につけた。得がたいミュージカル俳優だ」と支持された。

成河(そんは) 、石丸幹二、安井順平、亀田佳明、今井清隆を推す声もあった。

女優賞…若手中心 4人が初選出

宮澤エマ
宮澤エマ
三浦透子
三浦透子
池谷のぶえ
池谷のぶえ
咲妃みゆ
咲妃みゆ
清原果耶
清原果耶

 20~30代の4人が初ノミネート。映像でも活躍する若手を中心に新鮮な顔ぶれが並んだ。

 まず6委員が推し、突出した評価を受けた宮澤エマと、2委員が最高点を付けた三浦透子が決まった。

 宮澤は「ラビット・ホール」で息子を事故で失った母親を演じた。主にミュージカルで活躍してきたが、せりふ劇でも実力を発揮した点が注目されて「現実を受け入れられない母親を過剰な悲壮感を排除して演じ、その再生の過程を繊細に見せた」と称賛された。

 イプセン作「ロスメルスホルム」で名家の亡き妻に代わって家を切り盛りする女を演じた三浦は、「静かでぶっきらぼうな、動きがない演技なのに、激しい情念が渦巻く鬼気迫るものを感じた」とたたえられた。

 残り3枠は投票で決めた。2度目のノミネートになる池谷のぶえは「我ら宇宙の塵」で、少年を捜す母親を演じ「抜群の演技力で観客を現実からメルヘンの世界へと導いた」とされた。「無駄な抵抗」では子どもの頃に言われた「予言」に従って生きてきた女性を演じた。「神託の前に破滅することなく、現実を肯定して運命と闘おうとするヒロイン像に説得力があった」と称賛された。

 唐十郎の名作「少女都市からの呼び声」で選出されたのは元タカラジェンヌの 咲妃(さきひ) みゆ。ガラスの肉体を持つ少女・雪子役で「過剰なほどに 無垢(むく) でピュア。その狂気を体内に入れ込み、せりふや存在感で表現した」と評価された。

 清原果耶はイングランドとの戦争でフランスを勝利に導いた少女の物語「ジャンヌ・ダルク」で表題役を演じ「肉体的にも演技的にも集中力が必要な役。初舞台、初主演とは思えない存在感だった」と推された。

 大竹しのぶ、伊藤沙莉、福田えり、森彩香、那須佐代子、安蘭けい、那須凜は及ばなかった。

演出家賞…藤田と前川に高い評価

 大賞経験者から初選出の2人まで、多彩な顔ぶれがノミネートされた。作品賞の2作品を手がけた藤田俊太郎が8委員から、前川知大が6委員から支持を受けたため、まず決まった。

 上半期に「ラビット・ホール」で絶賛された藤田は、下半期では「ラグタイム」を演出。細部に神経が行き届いた演出に、「衣装で画然とグルーピングし、振り付けがダイナミックにその違いを縁取る歯切れの良い演出」「自分の演出のイメージを創れるようになり、能力が上がった」などの賛辞があった。

 大賞受賞歴のある前川は、「人魂を届けに」「無駄な抵抗」と、これまでのSF的な作風と一線を画す新境地を開いて「シームレス(継ぎ目なし)に舞台上を入れ替えていく演出に、空間に対する洞察力を感じる」「客演の俳優が自由に動ける演出だ」などの評価を受けた。

 残る3枠は議論を重ね、最後は投票で、初ノミネートの生田みゆきと小沢道成、2度目の小笠原響を選んだ。

 戦争や民族紛争などを扱った演出作が対象になった生田は「戦場の住人たち、火の手が上がっている地域を扱って、冷静さを失わない演出のまなざしがある」などとたたえられた。

 小沢は自作「我ら宇宙の塵」で、子どものパペットの周囲に、めくるめく映像が展開する独創的な舞台を創出。「イメージの洪水。小沢さんの頭の中はどうなっているのか」と感嘆の声も聞かれた。

 遠藤周作の幻の戯曲「善人たち」、実話に基づく現代海外戯曲「慈善家―フィランスロピスト」を演出した小笠原は「オーソドックスで目配りが利いている」「翻訳劇を多くやってきた経験が生きた」などと評された。

 福原充則、中津留章仁、古城 十忍(としのぶ) が最後まで競り合った。

スタッフ賞…常連、初ノミネート混在

高橋巖
高橋巖
けんのき敦
けんのき敦
松井るみ
松井るみ
山本貴愛
山本貴愛
小澤時史
小澤時史
土岐研一
土岐研一

 常連と初選出が混在する結果となった。内訳は美術が3、作曲・演奏と音響が各1。まずは支持を幅広く集めた高橋巖・けんのき敦の師弟コンビと、松井るみ、山本 貴愛(きえ) が決まった。選考委員でもある松井は、候補に入ったため審査から外れた。

 高橋・けんのきは「ラビット・ホール」「夜叉ヶ池」の音響を担当。高橋は単独では3度のノミネート歴があるが、師弟では今回が初選出。「ラビット――」では「不安感とか、この先、もめる予兆とか、家庭の状況をさりげなく音で入れ」、「夜叉ヶ池」では「鐘の音だけで空間をつくってしまう」など「プロの職人技」が高く評価された。

 2度の最優秀を含む5度のノミネート歴がある松井は「作品のテーマを読み込む力が絶妙」「作品の芯を出す美術」などと評された。一方、初選出となった山本については、「綿子はもつれる」の美術で「カーテンの仕切りによって二つの時間と空間を生み出したアイデアが秀逸」との声や、「小さい作品だが、それらの作品にテーマ性を持たせているのは山本さんの力」との意見も聞かれた。

 残る2枠は、推薦候補について意見を出し合った後、投票となり、初選出となる小澤時史と、これまで最優秀賞を含め4度ノミネートされている美術の土岐研一が僅差で抜け出した。

 小澤は「星の数ほど夜を数えて」の作曲と演奏を担当。「日本のオリジナルミュージカルをつくってきた人で、キャッチーな曲を作る。今回はピアノ演奏をしていて、舞台上の呼吸とよく合っていた」と評された。

 一方、土岐は前川知大と長く仕事をしてきた舞台美術家で、今回の対象も前川の2作品。「前川の世界をよく理解している」と揺るぎない手腕が評価された。

 「我ら宇宙の塵」の映像の新保瑛加、「ラグタイム」などの照明を担当した大御所、勝柴次朗は及ばず。小沢淳、中川隆一、 長田(ながた)佳代子(よしこ) も推された。

■作品賞(公演主体)
・「ラビット・ホール」(パルコ)4月
・「人魂を届けに」(イキウメ)5~6月
・「兎、波を走る」(NODA・MAP)6~7月
・「我ら宇宙の塵」(EPOCHMAN)8月
・「ラグタイム」(東宝)9月
■男優賞(カギカッコ内は対象公演)
・柿澤勇人「ジキル&ハイド」「スクールオブロック」
・狩野和馬「闇の将軍 四部作」
・高橋克実「海をゆく者」
・中村芝のぶ「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」「新作歌舞伎ファイナルファンタジーX」
・山西惇「エンジェルス・イン・アメリカ」「闇に咲く花」
■女優賞(同)
・池谷のぶえ「我ら宇宙の塵」「無駄な抵抗」
・清原果耶「ジャンヌ・ダルク」
・咲妃みゆ「少女都市からの呼び声」
・三浦透子「ロスメルスホルム」
・宮澤エマ「ラビット・ホール」
■演出家賞(同)
・生田みゆき「占領の囚人たち」「海戦2023」「屠殺人ブッチャー」
・小笠原響「善人たち」「慈善家-フィランスロピスト」
・小沢道成「我ら宇宙の塵」
・藤田俊太郎「ラビット・ホール」「ラグタイム」
・前川知大「人魂を届けに」「無駄な抵抗」
■スタッフ賞(同)
・小澤時史「星の数ほど夜を数えて」の作曲、演奏
・高橋巖・けんのき敦「ラビット・ホール」「夜叉ヶ池」の音響
・土岐研一「人魂を届けに」「無駄な抵抗」の美術
・松井るみ「ドリームガールズ」「ラビット・ホール」「ラグタイム」の美術
・山本貴愛「ハートランド」「綿子はもつれる」の美術

◆選考委員(50音順)


犬丸治(演劇評論家)
小田島恒志(翻訳家、早稲田大学教授)
杉山弘(演劇ジャーナリスト)
徳永京子(演劇ジャーナリスト)
中井美穂(アナウンサー)
西堂行人(演劇評論家)
萩尾瞳 (映画・演劇評論家)
松井るみ(舞台美術家)
矢野誠一(演劇・演芸評論家)

◆選考方法

活発な意見が飛び交った第1次選考会
活発な意見が飛び交った第1次選考会

 第1次選考会で選考委員がノミネートした作品や人は、そのまま「優秀賞」が確定します。この中から全国の演劇に関わる評論家やライター、制作者、研究者、劇場スタッフらで構成する105人の投票委員による投票により、5部門の「最優秀賞」が決まります。

 投票の集計後に開催する最終選考会で、5部門の最優秀賞を報告します。続いて、投票委員の推薦を基に将来の活躍が期待される新人を対象とする「杉村春子賞」を決めます。そして、5部門の最優秀賞と杉村春子賞の受賞者から、最高賞の「大賞」を選出します。

 また、演劇界に長年にわたり貢献したり、優れた企画を進めたりした功績のある個人や団体を顕彰する「芸術栄誉賞」も、最終選考会で決定します。